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誤解される聖書の言葉『隣人愛』

 投稿者:召使いヨナ爺  投稿日:2020年12月23日(水)07時53分47秒
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  『貧しき者は幸いなり』
(貧しさのどこが幸いだッ!)

>誰にも愛されず、誰にも理解されず、誰にも認めてもらえず、誰にも好かれない

終戦後10年ほど過ぎた頃、父親の戦友が訪ねて来た。
父は職場で「社長」教会では「長老」と呼ばれ(ヨナ助からは頑固な「父ちゃん」)、それなりの話し方をしていたが、互いに鉄砲玉の下を潜り抜けた戦友に対してだけは実の兄弟みたいな口調であった。

それに少し似ているが、シルバーセンターの元警官(同期の三人組)を見ていると、やはり血を分けた兄弟のような親しい付き合いをしており、傍目にも微笑ましくさせられるのである。困った事があれば必ず助け合うような友情…

神の戒めよりも友情を優先する…
これって神に忌み嫌われる偶像崇拝だよね。
神より家族を優先するのも同じ…
「(泣)祈っても叶えられましぇん」
当り前でしょ!

私ら人間には隣人を愛する愛なんて皆無ッ!すべてが打算的な愛(エロス)なんす。私がもし貧しい人に手を差し伸べたとすれば、愛からではなく…主の召使いとしての仕事だからデス。私がもし障碍者に手を差し伸べたとすれば、小児麻痺の姉に対する使命感であり、決して愛からではないと思われます(自己満足かもしれません)。隣人愛?ニャイニャイ

エリスどんのように無い無い尽くしの人がイエス様の御心に従う召使いになれるなら、奇跡の人になれるkamo。逆に有る有る尽くしの富める人は押し潰されるくらいに沢山の偶像を拝んでおり、真の神なんかクソクラエと思っているのです。
 
 
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