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忘れえぬ冬の白馬乗鞍での判断

 投稿者:56年度 河崎勝昭  投稿日:2018年 8月30日(木)23時31分44秒 pknn003-043.kcn.ne.jp
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  多感な4年間の青春時代を過ごした今出川、学生会館が改装され、真新しい寒梅館で行われた関西支部のOB会、何十年ぶりかの会員に会えるなど、時を忘れてひと時を過ごしました。企画準備に尽力してくれた福谷君たちに厚くお礼を言います。
 散会後、階下の喫茶室で休憩中、たまたま5年後輩の61年度の渡辺君と話す機会があり、
50年前の冬山山行に話が及び、長年お互いに心にわだかまっていたことを初めて話し、50年ぶりの和解ができました。
 昭和41年正月、翌年の杓子岳双子尾根―白馬岳の同好会創立10周年記念山行の予備合宿として、栂池から入山、悪天の中、白馬乗鞍に着きました。激しい地吹雪で視界が遮られ、現在地も正確に確認できないままテントを張りました。当時はまだ会として冬山の経験も少なく、常念遭難の直後で、リーダーの私は必要以上に慎重でした。翌日の小蓮華岳アタックにも慎重で、夏山部門出身で冬山経験の少なかった渡辺君の同行を認めず、私とベースに留まるよう告げました。これには、はるばる長崎から参加した彼にはかなりショックで、その不満は50年たった今まで消えずにいたと告げられました。今では初心者でも何の問題もないルートで、私の判断の不適切だったことを、改めて渡辺君に謝りました。
 当時の記録が見当たらず、記憶もおぼろげで、船越の頭まで行ったかどうかも定かでありません。メンバーだった祖父江、小林、中嶋の三君はすでに他界し、残りのメンバーも少なく、確かめようもありません。古いアルバムに、ベースから小蓮華岳を望むその時の写真があったので添付します。
 
 
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