teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 <思いやりのあるコミュニティ宣言>
 teacup.掲示板は、皆様の権利を守りながら、思いやり、温かみのあるコミュニティづくりを応援します。
 いつもご協力いただきありがとうございます。

 投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]


初代会長・故河崎さん弔問

 投稿者:69' 河村  投稿日:2021年 9月17日(金)13時07分45秒 121-82-128-86f1.shg1.eonet.ne.jp
返信・引用 編集済
  昨日(16日)、去る6月に逝去されたクローバー山岳会初代会長の河崎さん宅を弔問して参りました。
奥様との日程調整などが重なり、不本意ながら今に至ってしまいましたが、運営委員長の下山博充氏の段取りで、二代目会長の清水孝也さんと共にお伺い致しました。
お宅は奈良の新大宮から車で20分ほど北西の閑静な住宅街にあり古いながらも立派な佇まい。
奥様は今年で85歳になられ、多少足許が心許ないとはいえ、へルパーの助けを借りながらも矍鑠としてお一人で頑張っておられます。
息子さんは、現在神奈川の川崎でH製作所のIT関連の職に就いておられるとの事で、月に一度はお孫さんと帰ってこられるのを楽しみにしておられる由。

二階の仏壇で川崎さんの遺影を拝ませて頂き、暫しクラブの近況などをご報告。
つい春先までは、メールなどで情報のやりとりをしていたのが嘘のようです。
奥様とは、白馬・堀田山荘の今後の処置について、ご相談、全て当方にお任せするとのお話を頂戴しましたが、こちらより息子さんの直登さんと連絡をとり、経緯と処置を改めてご説明する旨、再確認しました。

その後、奥さんと共に奈良女子大の北側、安養寺の墓地を訪れ、河崎家の墓をお詣りした。
私と清水さんはここでお別れしたが、奥さんを家までお送りした下山氏は偶々連絡のあった息子さんの直登氏とテレビ電話でご挨拶できたとの事。
尚、清水さんのお元気な姿を拝見できたのも収穫でした。

ただ、当初はお墓にお参りする予定はなく、墓前の供花、お供えを準備しなかったのは不手際でした。失礼しました。
 
 

河崎先輩のご冥福を心からお祈り申し上げます

 投稿者:'64年度 小辰  投稿日:2021年 7月13日(火)20時17分49秒 59-168-194-173.rev.home.ne.jp
返信・引用
   DCACのHPを久しぶりに開いて、河崎先輩の訃報に接しました。
新型コロナ禍による自粛生活がこんなに長く続くとは誰も予想しなかったと思います。次回の関東の新年会では、また、お目にかかれるかな、と思っておりましたが…。山菜採りやキノコ採りなどDCAC恒例の行事も見送られるまま、この数年、お目にかかる機会も、様子を伺う機会もなく、訃報を聞くことになるとは残念!長い間、お世話になりました。ありがとうございました。
 

川崎兄を偲び

 投稿者:55 三松 吉胤  投稿日:2021年 7月 7日(水)11時51分12秒 pl65057.ag1313.nttpc.ne.jp
返信・引用
   思いがけず、川崎兄の訃報に接し心より御冥福をお祈りいたします。
過日、御在所岳に同行の折、気になってはおりましたが。
 小生、癌細胞と共生しながら日夜、業務に追われつ追いつ、いつの日にか諸兄姉と
お目もじの程、願いつ暮らしています。
 

河崎先輩永い間ありがとうございました

 投稿者:運営委員長70年度下山博充  投稿日:2021年 7月 4日(日)23時53分42秒 p4492002-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp
返信・引用
   河崎先輩 本当に永い間 山岳同好会・クローバー山岳会を引っ張っていただきありがとうございました。
 一昨年(2019年)7月発行のDCAC会報「見果てぬ夢を追い続けて」と題し寄稿いただきましたが、これが私たちへの最後のメッセージになろうとは夢にも思いませんでした。
 先輩が残した大きな「踏み跡」を後輩たちに引き継いでもらう為、一層努力する事をお誓い申し上げます。
 どうぞ安らかにお眠りください。
 70年度  下山博充
 

Re: 訃報連絡(河崎勝昭様)

 投稿者:69' 河村  投稿日:2021年 7月 4日(日)22時41分15秒 121-80-168-218f1.osk2.eonet.ne.jp
返信・引用
  DCACは、ご承知の通り来年を以て65周年を迎えます。
その初代会長が河崎勝昭さんであり、その山と会の存続への熱情は途絶える事なく今日に至っており、正にDCACの歴史そのものと言って過言ではありません。
予て闘病中である事は承知しておりましたが、この春先にもメールの交換などさせて頂いていた事もあり、突然の訃報に接し、本当にびっくりしました。
残念ではありますが、どうぞ心安らかにお休みなられますこと、心よりお祈り申し上げます。
合掌。
(追伸)
「アーカイブス」の「会報」の中に、「久露葉」がありますが、その序章に河崎会長のDCAC「誕生前夜」が掲載されています。
是非ご参照下さい。
 

訃報連絡

 投稿者:82年度生 松下裕之  投稿日:2021年 7月 4日(日)21時08分33秒 softbank221028095125.bbtec.net
返信・引用
  クローバー山岳会初代会長 河崎 勝昭 様(1956年度生)
体調を崩され入院中でしたが、去る6月24日正午頃にお亡くなりになりました。
闘病の記録は以下のブログに記載がございます。
「山荘雑記」
https://blog.goo.ne.jp/ktkawasa
謹んで、ご冥福をお祈り申し上げます。

※写真は2004年10月18日朝日岳にて清水孝也さんと河崎さん
 

50周年記念品の在庫です

 投稿者:運営委員長70年度下山博充  投稿日:2021年 6月17日(木)10時04分34秒 p4492002-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp
返信・引用
  六月京都岡崎公園での骨董市の帰りに清水元会長宅へ伺い、
50周年記念品(三角旗34枚、バッジ27個)
活用と保存についてご意見があればお願いします。
 

Re: コロナ パンデミックの渦中に

 投稿者:69' 河村  投稿日:2021年 6月15日(火)15時36分7秒 121-80-168-218f1.osk2.eonet.ne.jp
返信・引用
  > No.448[元記事へ]

三松 吉胤様

 こんにちは、お便り本当にありがとうございます。
「住所録」の筆頭、我が会の創立者のお一人三松様の投稿には感激です。
 別にご案内しておりますが、当ホームページの最上部に「アーカイブス」というボタンが
あり、これを押しますと、「山行」という選択肢がありますので、先に進みますと、過去に
発行された「山行」「久露葉」「追悼文書」「50周年記念誌」などが収録されており、全て
のページを閲覧することができます。
 他にも昔懐かしい写真スナップも沢山収録されておりますので、ご覧頂けたら幸いです。
 (パスワード等は、今回配付の「会報」をご参照下さい。
 なんとかこのままコロナ禍が落ちついて、来春5月の「総会」「懇親会」で再会できます
事を楽しみにしております。
 時節柄、どうぞご自愛の程、宜しくお願い申し上げます。

69年度 河村 徹
 

コロナ パンデミックの渦中に

 投稿者:55 三松 吉胤  投稿日:2021年 6月15日(火)00時24分12秒 pl34928.ag1313.nttpc.ne.jp
返信・引用
   素晴らしい出来の会報、ありがたう御座います。
私達、経済学部の悪共、集まって何かしようと立ち上げた同好会が、かくも素敵なクラブになるとは!
ひとえに、ご賛同頂いた諸兄姉のおかげかと存じます。
 さて、小生、大東亜戦争(米英を相手の太平洋戦争)のさなか幼年期を貧しく、厳しい食料事情の中
空襲を避けるため石川県に学童疎開(集団疎開)し終戦を迎えました。私事で恐縮ですが、父は教育者で
国民学校(今の小学校)の訓導を勤めていましたが、やはり学童を引率、別のところへ疎開。挙句、軍隊へ。
父は平壌で敗戦を迎え、シベリヤ抑留になり、父親不在の幼年期でしたが、私メは、なんやかんやで高卒後、
上京、さる学校の英文科に在籍しましたが、失望感あり過ちを改めるに憚ること勿れ、とか訳のわからん事
ばかり言って、好き勝手させてもらって同志社大、そこで皆様との知遇を得、現在に至る訳です。
 今、老体に鞭打って現役、細々と造園業を営んでます。いずこも同じ、後継者不足になやんでます。
樹のこと、作庭のこと、少しわかりかけ、楽しく生きてますが、そこでこのパンデミック。おかげで経済、
動かず。ですが、これも貴重な経験と考えています。少し先行き明るく、出口が見えてきたとは早計ですか。
 毎冬の北陸、信州、あわよくば北海道方面のスキー行きを目途に、も少し、しつこく生きたく思います。
もはや、夜半過ぎ、拙い文、いずれ何処かでお会いできるのを楽しみにしております。


 

Re: 歌集の欠番をお持ちの方にお願いします

 投稿者:75年度藤岡  投稿日:2021年 6月11日(金)21時04分46秒 flh2-133-206-96-192.osk.mesh.ad.jp
返信・引用
  > No.153[元記事へ]

6年も前の記述引用になりますが、当事者の一人として記録しておこうと思います。

1978年発行の「山の歌第1集」は奥付けに有るように、同期の篠原と私と、'73定広さんで発行したものです。(多くの作業を担ってくれた定広さんが、名前を入れるなと言うので奥付けに入っていませんが)
原稿作成作業は、2回生3月合宿後から始め、5月合宿までに終えたと思います。
ガリ版刷りは自分たちで行い、製本を「山行」を出版してもらっていた木村桂文社に依頼しましたと記憶してます。
見ての通り、3人の筆跡が異なる歌集になっており、主にBOXで、時には修学院田中町の私の下宿に移動し、ガリ切をやったことを思い出します。
ワープロが個人化したのが80年代後半なので、あの頃は原稿はガリ切か、リソグラフだった。
ここからは、全くの記憶だよりだが、製本は300部程度作り現役用は取り置き、20周年総会で、OBの方々に販売したように記憶している。それでも余った部数は山彦、岳稜、山岳部に会長繋がりを利用して営業活動を懸けた。今は無き、山彦・岳稜は直ぐに購入してくれたが、山岳部は、裏表紙に「山岳同好会」と入っているのでと渋ったが、最終的に数十部購入してくれた。(山彦は部員数が多かったのでずいぶん捌け、ありがたかった)
結果として利益は出たので、その分はクラブ活動費に入れた。(会計報告的な知恵は無かった、何分21歳の若造でしたから)

5月22日に行われた運営委員会で福谷さんから発言が有ったが、現在のDAA会員には「山の歌」は全く伝承されていない。
なぜそうなったかは問うつもりも無いのですが、昨年私が企画したDCAC+DAAキャンプの目的の一つは山の歌の伝承でした。
だれも望んでいなければ必要ないにせよ、伝える努力(機会)は設けるべきだろうと思ったわけです。

今の現役が何を望んでるかは、66歳のOBとしては解りようも無いが、出せる情報は出し、その上で現役達の要望を聴くのが良いように思います。場所はやはり山で。

残す場所が思い浮かばないので、とりあえず記録させてもらいます。
 

ホエーブス預かり

 投稿者:運営委員長70年度下山博充  投稿日:2021年 3月28日(日)14時12分59秒 p4492002-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp
返信・引用
  3月27日に京都岡崎公園「平安蚤の市」と題した骨董市が開催されました。
桜も5分咲き、好天に恵まれ大勢の人で賑わいました。
帰りに清水孝也兄宅にて2台目ホエーブスを預かりました。ありがとうございます。今日点検したところ異常なし。
諸兄におかれても、山用品で使わないものがあれば引き取ります。勿論売上はDCAC会計へ入れます。
ご連絡ください。
以上下山
 

山用品販売報告

 投稿者:運営委員長70年度下山博充  投稿日:2021年 3月20日(土)19時22分13秒 p4492002-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp
返信・引用
  3月10日清水孝也兄からお預かりした山用品がほぼ完売しました。ありがとうございました。
販売額は12,000円でした。経費を除いて8,400円をDCAC会計へ入金します。
諸兄には使わなくなった山用品の供出をお願いします。
以上下山
 

山用品預かり報告

 投稿者:運営委員長70年度下山博充  投稿日:2021年 3月10日(水)23時50分17秒 p4492002-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp
返信・引用
  310日 57清水孝也兄から山道具かりました。
ホエーブスユマールカラビナハーケン簡易アイゼン等々・・・。ありがとうございます。
少しでも会計へ入金できるよう努力します。ユマールなどは売れるかな?!?!
以上下山
 

山用品販売報告

 投稿者:運営委員長70年度下山博充  投稿日:2021年 3月 2日(火)18時36分19秒 p4492002-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp
返信・引用
   コロナの高齢者への予防接種が始まろうとしていますが、如何お過ごしですか?
 福谷兄、稲垣兄から預かっていた山用品が今年2月に完売しました。
 70年福谷兄:スキットル2、72年稲垣兄:スベア123、山靴、背負子
 売上高は7,000円でした。経費を差引4,900円をDCAC会計へ入金します。
 既に報告していますが、昨年9月のピッケル5本販売の30,800円を加えて、35,700円を入金できました。
 ご協力ありがとうございました。

 これにて各位からお預かりした山道具は完売となりました。
 皆さん方も山道具供出お願いします。そろそろ「終活」を始めた方もいらっしゃると思います。
 母屋裏の蔵の中、屋根裏、押し入れにしまい込んだ山道具を現役のためのDCACの活動資金にしましょう。
 ご協力をお願いします。
 以上下山
 

Re: 常念岳南東尾根(その2)

 投稿者:69' 河村  投稿日:2021年 2月26日(金)00時14分25秒 121-80-168-218f1.osk2.eonet.ne.jp
返信・引用
  > No.440[元記事へ]

常念岳はほんと良いよね。
屏風の頭から見るモルゲンロートに輝く常念、夕間暮れ、安曇野から屹立してセピア色
に染る端正なピラミッド。
どこか眺めてもどっしりと落ち着いていて、騒がずとも確り自己の存在を誇示している。
剣や五龍に似た存在感があって、憧れの山の一つです。

その昔の夏の終り、うら若き家内と6歳の長男、3歳の次男と一緒に徳沢から蝶が岳に登り、その
すぐ隣で睥睨するかのように聳える常念岳や、流麗に連なる槍・穂高の連山を遠く眺めながら
陶然と佇んでいたのが、つい先日の様に思い出されます。
 

常念岳南東尾根(その2)

 投稿者:松下裕之(82年度生)  投稿日:2021年 2月23日(火)21時45分10秒 softbank221028095125.bbtec.net
返信・引用
  河村 様

委員会、お疲れさまでした。

常念東面のスナップですが、白馬までのパノラマを1枚撮影していますので掲載させていただきます。(写真上)左奥の一番高い山が常念岳です。
前常念岳からは常念岳がほとんど見えず、この1枚しか撮影していません。

うちの窓からは常念岳がよく見えますので、安曇野にお越しの折は、お立ち寄りください。(写真下)

 

「運営委員会」R3.2.22

 投稿者:69' 河村  投稿日:2021年 2月22日(月)22時54分44秒 121-80-168-218f1.osk2.eonet.ne.jp
返信・引用 編集済
   本日(2/22)、リモートにて、「運営委員会」を開催しました。
 藤岡氏(’75)や海老名氏(’14)に手を貸して頂き、Zoomミーティングで、20:00~22:00まで種々の議題について討議することができました。
 現役の矢田君、村田君を 含め、16名の参加者を得ることができ、特に後藤氏(’73)など遠方(旭川)からの参加もあって、コロナ禍で鬱屈しがちな昨近、懐かしい顔を見ながらの会議で、大変有意義なひと時を送る事ができました。
 最初なので、不慣れの為、若干接続に手間取ることも有りましたが、無駄話も無く却って有効な打合せができたのかなと思います。
 ただ、話題が多岐に亘った場合、決まった事、次回に持ち越した事、十分に皆の意見を汲み取れなかった事等々が曖昧で不十分になりがちなので、しっかり議事録をとって、再確認、フォローする作業が必要になりそうです。
 「議事録」は別途、当ホームページにUPしますので、ご確認下さい。
 

常念、いいね!

 投稿者:69' 河村  投稿日:2021年 2月22日(月)15時31分29秒 121-80-168-218f1.osk2.eonet.ne.jp
返信・引用
  敢えて、ラッセルに挑むあたり、皆、元気そうでなによりです。
常念方面から穂高を望むパノラマは、この山域の経験が多くない小生にとってすごく新鮮。
全体のバランスも良く、上手な写真だと思います。
常念東面のスナップももう少し載せてもらえると嬉しかったのですが。
 

常念岳南東尾根

 投稿者:松下裕之(82年度生)  投稿日:2021年 2月19日(金)21時44分35秒 softbank221028095125.bbtec.net
返信・引用
  先日、職場の友人と2人で常念岳を目指しました。
東尾根はトレースがついていそうなので、ラッセルを楽しみたい我々は南東尾根からのアタックです。
この尾根は、学生時代、高橋誠(82年度生)・岩滝基史(83年度生)・私の3人で、常念岳~蝶ヶ岳~上高地の縦走に利用した尾根です。
36年ぶりの南東尾根は、予想通りトレースは一切なく、ラッセルにつぐラッセルで、久しぶりに山らしい山を楽しめました。

【記録】

2月11日(木)烏川須砂渡ゲート7:25~9:40南東尾根取付10:05~13:50 BC(1830m付近)

2月12日(金)BC 6:05~12:30前常念岳13:05~15:30 BC

2月13日(土)BC 7:10~10:30烏川須砂渡ゲート

 

トレランの記

 投稿者:?61渡辺新次郎  投稿日:2020年11月16日(月)20時18分34秒 125-9-68-87.rev.home.ne.jp
返信・引用
  15日、滋賀の野洲駅から希望ヶ丘公園、周辺の山々から三上山頂を経て守山まで20キロ、4時間のトレランをなんとか走ってきた。マイナーな大会だがそれでも70名ほどの参加があった。コロナで他の大会の中止が多く欲求不満もあるのだろう。周辺の山々は藪山のような道で転倒しないよう慎重に走る。それでも転倒したが、寄る年波には勝てない。転倒した時に受け身をどうするか、考えながら転倒する。最近はだいぶん上手くなってきた。また上り坂ではそう引けはとらないのだが下りがダメ、エアロビクスでも習って敏捷性を少しでも保つ必要があるかも、三上山の登り、ヨタヨタで足がふらついている。下りの岩場はそれこそ「ヨイコラショ」である。まあそれでもなんとか完走できてよかった。ゴールにはまだ四分の一ぐらいの預かり荷物が残っていたからそれぐらいの順位なのだろう。最後の三キロほど一緒に走った若者から、渡辺さん尊敬します、僕もいつまでも走れるようそうなりたいですと言われてチョット幸せ!帰り山科の王将でビールと餃子でまたしあわせ!  

レンタル掲示板
/22